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2020-08

赤い橋

 とっても温かいお話。
ぜひ紹介させて下さい。JEWELに来てくださっている新田さんのお話です。

 はじまりはじまり~

このお話は実話で新田さんの義理のお父様 新田清十郎さんのお話です。

東京の下町、永代通りを下り、木場の交差点を50メートルくらい過ぎたあたりに、右に折れる小さな路地がある。
この路地を抜けてゆく人は少ない。
船宿の看板のある家の傍に赤い橋が架けられている。
この橋には、美しくも悲しい物語がある。
ある医者の話だ。

木場5丁目に新田清三郎という医師がいた。
彼は「医は仁術」、人情の厚い人で、赤ヒゲ先生と慕われた。
貧しい人からは、金をとらない。
家族は8人と大所帯だったが、頼ってくる人が、次々と現れて、
大勢の同居人をかかえこんでいた。
「あんた、誰?」という多さだ。
同郷の人や、失業している人など困窮した人々を居候させる、
そのため、いつも台所は火の車だった。
奥さんの苦労は並大抵ではなかった。

そんな新田さんを突然、不幸が見舞う。
昭和7年に、交通事故で、奥さんを喪ったのだ。
最大の協力者を失い、新田さんの悲嘆にくれるさまは、
近隣の人々や知人はとても見ていられなかったという。

苦しみ、悩んだ新田さんは、奥さんの供養として、赤い新田橋を大横川に架けた。
この町の、洲崎神社に詣るのに、一番便利な橋だ。
幅1、3メートル。長さ23、35メートル。
歩行者しか通れない橋、路地裏にひっそりと、架かっている。

当初、「新船橋」と名付けられたが、町の相談役としても人望が厚く、「木場の赤ひげ先生」的な存在であった新田医師は、亡くなった後も地域の人々から愛され、いつしか「新田橋」と呼ばれるようになりました。

赤い橋、渡るたびに思い出す。
その、美しい心の医者夫婦のことを。

現在も東京の深川にある赤い橋。
こんなに温かいお話があるなんて・・・ぜひ近くに行くことがあれば寄ってくださり、お話を思い出していただけると嬉しいです。

引用させていただいた東雲通信さんありがとうございます。
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