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2015-03

やりがい

僕のお店に来てくださる方は髪に関する事を目的にドアを開けてくれます。
度々、ふっとお客さんと向かっている時に思うのですが、髪を切る事、綺麗になって前向きな気持ちを持って帰ってもらえる事が、いわゆるやりがいというものなのかな?なんて思うんです。
それは、自己中心的な目的を正当化しているようで、?マークがつき、実際には答えが出ないものなんです。

逆になぜか、その考えの結論は決まっていて、僕が与えるよりもの頂くものが多いいなと、、、狭い世界で生きている僕たちにとって、皆さんから聞くお話はとても幅の広い物ばかりなのです。
人口千人の島から都会へ飛び出したように、広い地図を教えて貰います。

例えば、大学生なら、こういう勉強をしてるんです、こういう先生がいてねとか。

パイロットなら、空を飛ぶ感覚や、向かった先での過ごし方、訓練など。

雑貨屋さんなら、仕入れ方や、お客さんの流れや、展開の仕方など。

主婦なら、子供の成長の仕方や、家族の過ごし方など。

幼稚園生なら、パパとママどっちが恐いとか、将来の夢とか。

会社員なら、通勤のこらえ方や具体的な仕事内容、スーツの選び方。

医者なら、大学教授なら、建築家なら、消防士なら、、、、、

実際にはもっともっと一人一人いろんな方々のお話を聞かせてもらえます。

それはきっと一対一で向き合う時間があるからこそ、質問させてもらえて、答えてくれるコミュニケーションが取れるのだと思い、実はそれが一番のやりがいなんじゃないかな、、、、と一歩進んだ考え方が最近できました。
それって地味に嬉しいものなんですよ。
自分が人に与えることだけがやりがいだと思っていた自分じゃなくて、人から広い地図を教えてもらい、知識や優しさを貰うことだってやりがいなんだと。

僕の歩いてきたレールもあるけれど、人の数だけレールがあるとしたら、たくさん教えてもらいたいなと思います。
いつもながら、美容の技術を無視した文章を横目で見ながら、、、、笑
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時計

美容師と言われる仕事は、常に時間を体内で計っていて、感覚の体内時計を持っている方が多いと思います。
逆に仕事の流れが読めない方や、体内時計を常に気にしないと、バランスやリズムがずれてしまって独りよがりの仕事の流れになってしまうのです。

それでも、正確な時間計画が必要な時は正確な時計で計るのが当然になります。
JEWELでもお店の中に時計を2つ置いてあって、顔を動かさないでなるべく見れるように配置しています。
それは、お客さんの前で時計を見るという行為が、時間を焦らせてしまってるんじゃないか、、、とか、逆に時間を気にして仕事をしてもらいたくない、、、という思いをさせたくないからなんです。

そしてもうひとつの時計が腕時計。
腕時計は複数のお客さんを掛け持ちしてる場合、大抵もう一人の方はカラーの待ち時間だったり、パーマの待ち時間だったりするのです。
その待ち時間中に別の方をカットするのですが、カット中も別の方の時間を計ってるんですが、カット中は尚更壁時計を見たら失礼になると僕は教え込まれているので、切りながら腕時計を見るんです。
ちょっとした裏話ですね。

僕は車とか時計とか、父親が機械の工場をやっていたDNAなのかもしれませんが、とても好きなんです。
腕時計もお店を始めてから、タグホイヤーというブランドのもう30年前に造られたアンティーク時計を愛用しています。ブランド物ですが、アンティークなので高価なものではありませんし、もちろん中古物です。
ですが、デザインや精密な機械に魅せられて永年愛用してきました。
ところが、最近調子があまりよくなく、そろそろオーバーホールをしなければ、、、、そう思っていたんですが、お願いする時計店がなかなか見つからないのです。
というのは、精密故にもし分解や清掃中に部品が破損した場合、部品が取り寄せられないし、ディーラー自体が提供しない、、、というか、もう部品が存在しないのです。
なのでリスクは負えないという事です。
本当に本当に、残念で、だからと言って新しい時計を買うという選択もあるんですが、やはり寂しい。
諦めつかないので、ある時計店にこうメールしました。

あなたのお店を信用しているので、ですがもし、リスクを負いたくなければこちらが全責任を持つのでお願いしたい。

そう書くと、アンティーク、タグホイヤー専門というプライドを持ってやらせていただきますと返信を頂きました。
もう本当に嬉しくて、もう一度腕にはめれる嬉しさと、リスクの不安と、それでも可能性あるだけでとても幸せな気持ちになりました。

オーバーホールの期間に5週間いただきますという回答に、精密な機械を扱う職人に敬意を持ちます。

ありがとう!

銭湯

まずはこの詩を読んでいただきたい。

岡村隆一

銭湯すたれば人情もすたる
銭湯を知らない子供たちに
集団生活のマナーとルールを教えよ
自宅に風呂ありといえども
そのポリぶろは親子のしゃべりあう場にあらず
ただ体を洗うだけ
タオルの絞り方、体の洗う順番など
基本的なルール誰が教えるのか、、、
我はわがルーツを求めて銭湯へ

まさに僕は下町の銭湯っ子だった。
もちろん家には狭いながらも風呂はあった。
ただ特別な日、それはこどもの日のことで、その日だけは特別に銭湯の料金は無料になるもんだから、友人達とまるでイベントのように出掛けていった。
もちろん父親とも出掛けたが、菖蒲湯や柚子湯などの特別な伝統の日に湯に入れてもらえた。
風呂上がりのコーヒー牛乳は格別な味だった。

実は今でも僕は子供を連れて江戸川の銭湯によく行く。
下町の銭湯ともなると6時くらいはもうピークで、洗い場を確保するのに一苦労するほどだ。
息子と並んで、まずケロリンと風呂湯椅子を用意する。
大抵、この時点でとなりのオッチャンに息子は話しかけられていて、下町感たっぷりの雰囲気だ。
そして、かなりの確率で、、、まあ堅気ではない方がいる。
一目見ればすぐわかるもので、全身に刺青が彫ってあるのですぐに分かる。
ただ、だからといって緊張感がはりつめてるわけでもなく、逆に一般のおっちゃんと普通に話していて、僕らも子供連れだから、度々可愛がってもらう事がある。

息子にとっては銭湯で沢山の事を学んで、コミュニケーションを取り、湯の熱さを乗り越えて、時には水を出しすぎたら他人にしかってもらい、、、本当に下町そのものだなと感じた。
実は今日も銭湯に足を運んだのだが、どうしても風呂上がりのラムネを飲みたかったらしくお金の持ち合わせがなかったので諦めようとしたら、、、番台のおじさんがおごってくれた。
飲みたきゃ飲みな、開け方しってるか?なんていいながら、、、。
やっぱりぼくの体は下町が染み込んでる。
気取らず傲らず、人情忘れずだ。
その事だけは息子にしっかり受け継いでもらいたいと本当に思う。







ほっとする場所

 あれ?ここなんだか居心地いいなー。
 ん?今日の空って気持ちいいなー。
 あの人の空気感とってもいいなー。
などなど、、、
生活の中で、どれほど多くの居心地のいい空間や、ほっとする景色を目に映せるか。
目に見えてても、自分が気持ちいいと思える心は目に見えないから、感覚を楽しむと面白く感じます。

 僕は仕事帰りの車から見る景色に ほっと することが多い。
夕焼けのコントラストや疲れた体のしっとりとした感じが居心地いんだろうな。
田舎の朝早く、散歩に出かけると空気の匂いと木々の匂いが新鮮な居心地を与えてくれる。
ゆっくりゆっくり時間をかけて歩く。
そこに息子の雑談が入ったら、もうフレンチのフルコースみたいだ。
計算されない家具の配置にぴったりと人間が収まるとき、偶然自分の居場所を発見する時がある。
なんでだろう?
そこで考えても、そういう場所は脳は経由せずに、体が先に感じるものなんだろうか?

 じゃああえてそうゆう空間を計算してつくってみよう。
そう思って作ってはみるものの、それは決して計算でできるもんではないと気付く。
偶然そこにある物同士が人間の感覚と調和して、ほっと ができあがるものなんだ。
時に同じ空間でも、今日は居心地よくないなーなんて感覚もあるもんだから、なおさらだ。
だから一日にひとつの居心地を発見できればそれはそれは幸せな事。

 仕事柄、毎日のようにこの毛束はどこに収まれば居心地いんだろ??
風に揺られたとき、とこまでこの毛束は動くのだろう??
そんな狭い髪という場所で考えてるから、もっともっと広い空間での居場所を考えてみたくなった・・・。



狭心症

もう3年くらいに前のこと。
朝早く、太陽が顔を出す時間や、夕方以降、月が顔を出す時間に、心臓を誰か知らない人に握りしめられるような痛みが続き、その痛みがなぜか奥歯まで上がってきて、5分から10分にかけてうずくまるような事が続いた。

僕は医者嫌いなので、なかなか病院に足を向けることができなく様子を見ていたのだが、理不尽に発作が起きるので、紹介という形で東京の江戸川病院に行くことにした。
僕の父親も心筋梗塞を経験しているので、遺伝的に言えば間違いなく受け継がれてるのかも知れない。

結果からすると、精密検査をしても血管の異常はなく原因は掴めていないのだけれど、当時の先生からは異形狭心症という病名を頂いた。
日本人の場合かなりの確率でこの種類に該当するということだ。
普段は血管に異常がないのだけれども、疲れや過度のストレスなどのより、痙攣が起きて発作が起きるものらしい。
ニトロを常備して、発作時に飲んでみて発作が止まれば該当すると言われた。
案の定、僕にはニトロが効果的だったのでそういうことなんだろうと思う。

ただ、全く持って深刻にもなっていないし、つい先ほども5分くらいうずくまっていたけれど、、、、発作が起きることによって、少し休もう、少しゆっくりしようと思える事がありがたい。
事前に「これ以上は危ないよ」なんて、誰かが僕の心臓をつかんでくれてるのかもしれない、、、笑

病気というのは致し方なく身に降りかかる事もあるけれど、体は車の車体みたいな物。
ドライバーは心みたいな者。
うまく付き合って行くしかないかなーなんて思うし、それでも車体のメンテナンスも大事。
そうそう、僕は運転には自信あるからなー笑


余談

江戸川病院の先生。
まだお若い先生だった、多分僕よりも少し上かもしれない。
たくさんの患者さんが待つ沢山の椅子の中の一人として呼ばれるのを待っていた。
1時間位で呼ばれ、初めて会うその先生のドアを開けた時、先生は席を立ち、僕に向かってこう言った。
「大切なお時間お待たせしてすいません、担当の○○です。よろしくお願いします」
一般にこういった状況ではあまりない会話だと思う。
ただそれ以降も対応に変わりなく、紳士に対応する数少ない先生に出会い、うんざりする待ち時間の疲れが何処かに飛んでいった。
これからもどんなに遠くても、この先生の所に相談に行くのだろう。




ホセ・アルベルト・ムヒカ・コルダノ

テレビを見ていた時、ムヒカ元大統領が取り上げられていた。
見ていた方もいるだろうけれど、とっても印象的だったではないだろうか??
もし、好意的に感じた方はムヒカさんの発言を肌で感じたことだろうと思う。

 僕は大統領時代から彼の哲学が大好きで、他の大統領とは違った価値観を尊敬してやまなかった。
なので、今回テレビで取り上げられたことにとても嬉しく思うと同時に、自分たちのやり方で少しでも生活の一部に、実践として取り込めたらと思う。

 ムヒカさんを語るのはこの代表的スピーチを聞くことで人物像は感じ取れると思う。




 彼はウルグアイの大統領になる以前は左派のゲリラ活動家で、逮捕歴もたくさんある。
今のムヒカさんを見ていると、失敗という経験から学び、何が本当の幸せかを考える経緯にとても魅かれる。
こういう人間を文章で説明するのは失礼に値すると思うので、もし興味を持った方は詳しく調べてほしいと思います。
その価値がある数少ない人物です。

 現在の日本や先進国の一部とウルグアイとでは色々な意味で規模は違うけれど、一人一人が政治に関心を持って、特定の人の政策を支持したり、希望を抱いたり、子供達の成長した日本を考えたりすることに、ムヒカさんの様な魅力的な政治家がいることに支持をしたいと思います。

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