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2014-09

もの

僕の好きな人。
もし、奥さんにするなら柴田理恵さん。
・・・・・・って話ではなくてですね・・・・。

 今、タイルに興味を持っている時期で、いろいろ暇を見つけては見に行ったり、足を運んでいます。
パソコンで検索してみたり、相当な数のタイルやテラコッタ、レンガなどを見ました。

 ものを選ぶ時ってそのカテゴリーの中でそのものを探しますよね、でもそれは「もの」であって、
世の中にあるものの中から探すわけです・・・・とっても伝わってない感じですが…
人を探しているわけではないので、選んでいるともいうのかな・・・?

 そんな折、一枚の画像に目が留まり、そこに映るタイルに興味を惹かれました。
もともと自分は、興味のないものは、ほっんとにどーでもよくて、興味のあることはとことん調べるという
典型的なB型でして・・・
そこに映るタイルがどこで作られているのか?誰が作っているのか?と調べてみました。
タイルも商品ですから、簡単にわかりました、でも何かが違う・・・・
なにか職人の匂いがプンプンして、その匂いを辿りながら森の中をさまようような、そんな高揚感を抱きながら
電話をしてみました。

 もうビンゴ!!
男が男に惚れるっていいますが、職人に惚れるんです。
僕も一応、チョキチョキの職人だと思ってるから、スタイリストとか美容師の華やかなイメージ、大嫌いなもので・・・・
って大げさに言っていますが、相手は電話でたかが10分話した顔もわからない人です(笑)

 でも職人って言っていますが、僕の好きな人は、共通項があるんですね。
職人って堅物なイメージがありますが、そういう方もいますが、ちょっと違っていて、ものや技術は共感してくれる人がいて初めて成り立つんです。
だから、まず人を大事にしている。
そして、自分の仕事の中に一線があるんです。
その方と電話した時、このど素人の僕にちゃんと説明してくれるんです。
もちろん商売でもあるし、当たり前なんだけれど、商業的でない話のぬくもりがあるんです。
それでいて、一線を越えると、僕はこういうスタンスだから、あなたが合わしてくださいってなるんです。
そこは譲れないからって。

 たかがタイルってものを探しているのに、こんな人とお話までできちゃって
なんでその他のタイルと違っていたのか、そこまですればもうわかりましたよ・・・・。
たかが「もの」でも心が入っている「もの」は全然違う。
そんなものに囲まれて暮らしないな・・・・・シーン。
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「生き方」

 稲盛和夫さんの本。
 京セラとKDDIを創業した著者、その成功の礎となった「人生哲学」をあますところなく語りつくした名著『生き方』。

 半年くらい前に読ませていただき、いわゆる哲学的な思想に共通する想いを持っていました。
稲盛さんというビッグネームを持つ方が、同じ哲学を持っていることに嬉しく思うと同時に、自分の哲学的思想が再確認というか、自分の生きる道の根になる確信を持っていることに、大変、感謝しました。

 こういったテーマは常に文章にしたいという気持ちがあるんですが、一種の変わり者や集団的な思想と思われてしまう事は本望ではないので、稲盛さんという方が世に出すことによって大変意味のある本だと思います。
だからといって集団的な思想を否定したりしているのではなく、生き方というテーマに向き合う人達にとって必要な思想の違いに他なりません。

 常々、学生さんと話をさせてもらうと、感じることがあります。
大学、もしくは世に出るまでに、人間とは何か、死とは何か、何のために生きるのかというテーマを自分のこれからの人生
の軸となる哲学を築いてもらいたいという事、それを考える時間を作って欲しいと思います。

 何かを選択する時、それが正しい道かを判断するのに、大変必要なことです。
決して、楽な道を選ぶだけではなく、あえて難しい道を選択するにあたって、支えになるものです。

 ひとつ、いつも心がけている事でとても大切な事。
生き方の中に、人のために生きる、という想いを持っています。
綺麗事の代名詞みたいな文章ですが、実際に行動する場合、とても難しいのです。
よく、人に必要とされる人間になりたい!!という言葉がありますが、それは言葉が先行していて、自分勝手な思いだと思います。
必要とされる自分になりたいというのは、利己的であって、人に為ではありません。

 震災後、特に「癒し」という風潮が感じれるようになりました。
精神的なものから、物的なものまで、数多く目にするようなことができます。
もちろん本当に精神的に痛まれた方を多く見たりしてきましたが、それを機にヒーリングといった言葉もでてきました。
目に見えるものではないですから、大変難しい問題です。
それも、キツイ言い方かもしれませんが、他人によって完全に癒されるという問題ではないと思います。
やはり自分で最後のところは乗り越えなくては意味がありません。
そして、乗り越えられたときに、本当に人を癒す事が出来る人間になるのでしょう。
自分は特別な人間だと思うことは利己的なので、常に謙虚にいることがもっとも重要ではないでしょうか?

なんだか美容室のブログとは思えなくなってきたので(笑)ここらへんでおしまい・・・・。



 もし

 
 もし  

 僕がライオンだったら、シマウマを追いかけるのだろう

 もし

 僕がなめくじだったら、塩をかけないで欲しい

 もし

 僕が透明人間なら、銭湯で張っていることだろう

 もし

 僕が妖怪なら、鬼太郎一味には加わらないだろう

 もし

 僕がフナッシーなら、汗だくなんだろう

 もし

 僕が時計だったら、よく狂う時計なんだろうな

日曜の疲れた体を振り絞って考えた、もしシリーズ・・・・・
 
微妙・・・・・

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